昭和時代の典型的な生き方の末路は。

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日記
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あるところにAさんという一人の平成生まれの男性がいました。

 

彼は某有名大学に通う普通の青年で、入学当初からこつこつと勉強し、スキル、知識を築きました。

優秀な成績を残し、他方では、学生生活を楽しみ、友人関係を形成し、将来の妻となる女性と知り合う。まさに順風満帆な人生なリア充生活です。

 

Aさんは大学を卒業すると、地元のメーカーに就職しました。最初は慣れない社会人生活に悩みましたが、同僚たちの助けもあり、徐々に仕事もばりばりこなせるようになりました。

 

Aさんは、30歳で結婚し、子どもも生まれ、ローンでマイホームを買いました。仕事と家庭、両方が忙しく、Aさんは、近所の付き合いと職場の人との関係しか築くことができなくなってきました。

 

40代になると、仕事でも役職が付き、昇進を目指して仕事に打ち込む時間がふえました。その結果、仕事の帰りは遅くなり、家族や友達と過ごす時間が少なくなりました。もちろん、自分のスキルを高める勉強の時間も確保する事はできません。

 

50代に入ると、Aさんはあることに気付きます。

 

「時代の流れが変わり、自分のスキルが時代遅れになってきている。」

 

大学を卒業して以降本格的な勉強をしておらず、新しいスキル、知識を身につけてもいない。

 

人間関係は、ご近所と職場のネットワークのみで、自分と異なる価値観を持った人達との交流もしてこなかったため、自分のアイデンティティを変えるきっかけもありませんでした。

 

その間世の中は大きく変わり、テクノロジーの発達により、どんどん機械化が進み、労働市場も、終身雇用が機能しなくなり、柔軟な働き方を求める人達が増えてきました。

 

Aさんは、自分のスキルが時代遅れになりつつあり、職場では追いやられることが増えてきました。

 

マイホームのローンもまだ残っており、子どもの教育費にもお金がかかったので、老後のための貯蓄を貯めることはできていません。

 

しかも政府の公的年金が削減され、支給開始年齢も75歳まで引き上げられることも決まっています。

ざっくり計算してみても、Aさんは引退するには蓄えが足りないことに気付き、将来のことが心配になりました。

 

60代になると、Aさんは、自分のスキルでは、仕事についていくことができなくなり、退職をしました。

 

しかし、大学を卒業してから、学習と教育に本格的な投資をしてこなかったため、スキルが低い人向けの低賃金の職につかざるを得なくなります。

 

この時代の平均年齢は、100歳。

 

Aさんは、貯蓄を切り崩しながら、低賃金の職につき、思っていたよりもずっとひもじい老後生活をする羽目になってしまいました。

 

このAさんの話を聞いてあなたはどう思われますか?

 

ただの不幸な話?

 

普通の話?

 

Aさんの人生は、これからの時代を生きる私達の多くが、一番体験する可能性が高い話です。

 

良い大学を出て、良い会社に勤めていれば、当たり前に幸せになれる。

 

それは、社会制度が充実していた過去の話ですが、私達はその過去の教育を現在に当てはめて、行動をしてしまいます。

 

Aさんは、まさに過去の教えに従って生きた代表例です。

 

過去の常識はもう通じなくなっている。。。